いちばん小さな海

いちばん小さな海

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寺山修司の詩からタイトルをとった七作目のフルアルバム。産休明け後の作品では最も整合感ある構成で、現在の矢野絢子の姿を生々......

寺山修司の詩からタイトルをとった七作目のフルアルバム。産休明け後の作品では最も整合感ある構成で、現在の矢野絢子の姿を生々しく収めた傑作。前作『星カンムリ』(2009)で散見された冗長さ、散漫さは大きく後退し、ブルースやジャズからクラシックの香りまでも漂う、フォークの枠に囚われない深い音楽性が堪能出来る。これまでのインディーズ作品は、ホームグラウンドとする高知のライブハウス「歌小屋の2階」で録音されていたが、今作は一曲を除き東京の「晴れたら空に豆まいて」「月見ル君想フ」のPAを務める谷澤一輝を高知に招き公共施設の練習スタジオを利用して録音と、異例の体制での制作。これまでの作品の生々しくも平坦な音像から、ライブ感はそのままに深みのある音響へと進化、新体制が功を奏している。アルバム初頭と終盤の数曲にはやや冗漫な印象もあるが、中盤6曲のクオリティの高さと絶妙の構成には目を見張るものがある。ライトなブルース「蒼い夕暮れからの手紙」、弦に細工を施したというピアノの硬質だが暖かみのある音が強烈なバラード「窓辺のコーヒー」、嶋崎史香のクラシカルなヴァイオリンと矢野のピアノが三拍子で濃密に絡み合いアルバム中の頂点となる「想い出の翼」、その緊張をほぐすかのようなオリエンタルバラード「千年酒」、王道の矢野節ハードナンバー「愚かさ故に」、代官山の「晴れたら空に豆まいて」の楽屋で対バン相手を巻き込んでの一発録りという異例の録音「まっすぐブルース」は、メトロファルスの「俺さま祭り」を彷彿とさせる能天気ナンバー、とメロディもサウンドも一曲ごとに大きく表情を変えながらもぶれる事のない統一感を感じられるのは、殆どの楽曲で時の流れを俯瞰したドラマチックな詞作に依るものだろう。ここには、メジャーデビュー作『ナイルの一滴』(2004)収録の「ゼンマイ仕掛け」や、『星ヲ抱ク者』(2006)で見せた時代の悲鳴とも言うべき異様な切迫感は無く、不安や恐れを抱きつつも地に足をつけて進んで行く地道な生き様がバラエティ豊かなメロディとシンプルなサウンドにのせ歌われている。あどけない表情に騙されそうだが彼女ももう31才で子供までいるのだ。表面的な派手さは無いが、このようなスケールと深さを兼ね備えた作品を作り上げるとは、アーティストとして良い年の取り方をしている。