プロデューサーとして初めて来生姉弟の名が併記され、また、オリジナルシングルが収録されていない初めてのアルバムでもある。タイトルは、来生えつこがファンクラブ「TAKAO CLUB」の会報『égalité』vol.9に掲載されたスタッフ(竹脇隆)のエッセイからヒントを得たもので、“いつもと違う事、新しい何か、現代人が忘れている何か”という意味合いを意図しているという。来生えつこは、メロディーが出来た段階で打ち合わせをし、1曲ずつ了解済みで作詞を付けて行ったため、やりやすかったという。また、歌詞はフィクションの度合いが低く、感じるままストレートに感情を歌詞に出来たと語っている。一方、来生は、折りしも本アルバムが昭和が終った年のリリースとなり、美空ひばりの訃報も相俟って、自身の年齢や時の流れを意識した、直接的に喜怒哀楽を表現した楽曲が収録される事になったという。ジャケット及びブックレットには、ハンチング帽に、胸に大きく苗字のイニシャル“K”を記したセーター姿の来生自身が写っており、初期のギルバート・オサリバンのコスチュームをイメージしていると思われる。編曲及び演奏はバックバンドの“スタートル”がメインで務めている。来生は前々からバックバンドのメンバーでレコーディングをしたいと考えており、前コンサートツアー『Concert Tour '88〜'89 With Time』で皆でステージアレンジをした事から、実現に結び付いたという。結果、期間は短かったものの編曲やリハーサルにもたっぷり時間を取り、切磋琢磨して良いものが出来たと語っている。編曲者の“矢倉銀”は、来生のペンネームである。同タイトルのビデオ『TAKAO KISUGI THE VIDEO Something Else』も作られ、『Concert Tour '89〜'90 Something Else』の会場で販売された他、ファンクラブ会員向けの通信販売も行われた。また、ジャケット写真を用いてデザインされたテレフォンカードも存在する(上記コンサートツアーのテレフォンカードも作られている)。